寄稿シリーズ:「書籍の中の杭州 その5 -蒼穹の昴 (浅田次郎)」
「選良」という言葉をご存知でしょうか。
清代まで続いた科挙制度で選ばれた官僚、「挙士は上天の星に応じ、進士は日月をも動かす」と称えられた一時代前の大陸の超エリート文官選良を指す言葉です。
次に浅田次郎、こちらは「鉄道員(ぽっぽや)」「壬生義士伝」などで人気の現代作家、この大メジャー作家の清朝末期中国宮廷ロマネスク、日中共同制作のテレビドラマにもなった「蒼穹の昴」に、「杭州」は実にさりげなくかつ含み深く登場しています。
小説の主な舞台は、北京の宮廷・故宮、実景としての杭州の風景が描かれるわけではありません。主人公の一人、梁文秀青年を運命の星の下に導く先輩、科挙本試験「順天会試」で出会う名も無き老生と、後に文秀青年の岳父となる礼部右侍郎・楊喜楨の二人の出身地、「選良」を多数輩出する由緒ある学芸の都として紹介されます。
なぜ主人公の二人の先達が揃って杭州出身なのか想像するのもオモシロイ。
杭州は風光明媚な観光都市、そして今も中国でも屈指の総合大学・浙江大学を中心に高等教育機関が集まる学問研究の街です。このような視点で杭州のイメージを膨らませつつ、ぜひ読んでください。
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「なんだ、諸君らお友達かね」
と、老生は二人の若者を見比べた。
「友達と呼ぶには畏れ多いがね。こちらは去年の直隷郷試の経魁、王逸君ですよ」
へえ、と老生は王逸の鮮やかな藍衣を眺めた。経魁とは郷試及第者のうち上位五名に与えられる尊称である。
「直隷省の経魁! それはすごいの。合格確実じゃわ」
王逸は応挙七十年の老生を見くだすように、鼻で笑った。
「何も珍しいことじゃあるまい。ここにはどこそこの経魁だけで何百人もいるんだ」
「ごもっともじゃ。かくいうわしも、何を隠そうもとは杭州府の経魁じゃて」
老人は笑いながら咳きこんだ。文秀と王逸は顔を見合わせた。
浙江省杭州府といえばかつての南宋の都、古くから多くの大吏高官を輩出する学芸の地である。同じ経魁といっても杭州のそれは当然水準が違う。
- 浅田次郎 「蒼穹の昴 <科挙登第>」講談社文庫 -
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