銀行員に転勤はつきものです。早ければ1年半ぐらいで転勤です。ここまで短くなくても、普通は3年で次の店にどうぞです。その結果長くても3年半もいれば、自分より古株はいなくなります。
そんなわけで3年を過ぎた辺りから月末が近づくにつれて、毎月今度こそ自分の転勤ではと、日々気にする状態となります。そして実際に転勤が分るのは、発令前日の夕刻です。本当にぎりぎりまで分りません。
そして一度発令されると、バタバタと引き継ぎ日程が決まります。そして一週間もすれば、その人は跡形もなく居なくなる。この流れが何度となく繰り返されるのでした。今回は、この転勤の機微についてお話します。
先ほどお話ししたように、そろそろ自分の番ではと、思うような時期になると、俄然「整理整頓」に熱が入るようになります。併せて「引継書」なるものを、麗々しく書き始めるのもこの頃です。そして月末の夕刻、人事部から連絡が入ります。支店長が慌てて支店長室に籠もるのを見て、心に期すものがある自分は、心穏やかではいられません。
程なくして電話が終わった支店長が、支店幹部を呼び込みます。じつはこの中に、転勤の当事者が入っていることもあります。しかし当時私は一兵卒。そんなこと知るよしもありません。やがて支店幹部が支店長室から出てきます。
代わって当事者が呼ばれます。「○○君(私のことです)。凸凹支店だよ。引き継ぎは先方と良く打ち合わせして。」これだけです。こちらから聞かないと、自分の後任も教えてもらえないこともありました。随分不親切だなあと当時は思いましたが、後に自分が人事から電話を受ける立場になると、その内容は転出者名と転出先(新任店での職位)、転入者名と所属店・職位だけでした。支店長にしてみれば、過不足なしに伝えただけなのです。ある意味納得です。
しかし発令を受けた身にとっては、この瞬間から所属は転勤先の店になります。銀行員の転勤でつらいのは、着任までの期間が短すぎる点です。転居しない場合は一週間ぐらいしかありません。この間に相手の店に行って引き継ぎを受け、自分の店では転入者に引き継ぎをします。何回やっても大騒ぎしか有りませんでした。
こんな転勤騒ぎですがたった一度だけ、自分の思うように転勤させて貰ったことがあります。この時は私のやっていた仕事が、営業店から無くなっていました。正直これは困りました。仕事無しでは店に居られません。と言って外為以外に何も出来ません。困った。困った。本当に困っていると、本部からどこに行きたいか聞いてきました。私は腰が抜けるくらい。椅子から転げ落ちるくらい。ビックリしました。
個人の希望を聞いてくれるの!?こんなチャンスは空前絶後と思い、仕事内容と職位を伝えました。「分りました。」先方はこう答えてくれたのです。「何をどう分ったの??」狐につままれたようなものでした。程なく私は転勤しました。希望通りです。皆の前で発表がありました。この転勤はこちらの希望どおりです。なんて口が裂けても言えません。さも意外そうな表情で演技をしました。ハイ。
そして引き継ぎは何もありません。そそくさと新任部署に移りました。見渡すと各店から外為畑の人間が集まっていました。それとなく情報交換すると、やはり本部から釣り上げられたようです。よくよく考えれば慈善事業じゃあるまいし、お情けが有るわけでも無く、希望を聞くという形式の人集めだったようです。
やはり銀行の転勤は難しい。そう思った瞬間でした。
2020/07/30