寄稿シリーズ:「書籍の中の杭州 その4 -岳飛伝 (田中芳樹、編訳)」
若い人に人気の現代作家、田中芳樹。
彼の作品は、アニメにもなった「銀河英雄伝説」、ベストセラーの超能力四兄弟「創竜伝」など、「壮大なスケールと緻密な構成」と評されるSFロマン作品が主流。
もうひとつの潮流が意外や中国歴史モノ、さすがノベルス界のスター、確かな資料収集とその解釈・アレンジ、組み立ての勘所、これがまた読みやすく、つい物語世界に引き込まれます。
杭州の英雄、宋代の悲劇の名将を描くのが「岳飛伝」。
西湖北の観光スポット岳王廟。ここに祀られる岳飛はとにかく大陸で人気です。この作品を読めば、生半可な杭州人よりずっと熱く岳飛を語れるでしょう。
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「鵬挙(岳飛の字)や、お前が逆賊の招聘を受けず、清貧に甘んじ、汚れた富をむさぼらないことは、とてもりっぱだと思います。
でも、私の死後、またあのようなよからぬ輩が誘いに来て、もしもお前が気の迷いから不忠のことをしでかしたらならば、半生の美名がたちまち失われてしまうでしょう。
そこで私は天地祖宗にお祈りし、お前の背中に『精忠報国』の四字を刺字(いれずみ)しようと思います。願わくば、お前が忠臣となり、母が死んでからも往来する人々から、『たいした母親だ、子に名を成させ、忠を尽くして国に恩返しさせ、美名を百世に伝えるとは』といわれますよう。そうすれば、私はあの世でも笑っていられるというものだからね」
中国では「孝」が「名誉」と一体であることがよくわかる台詞だ。母の声に、岳飛はうやうやしく答えた。
「母上のおっしゃるとおりです。どうか刺字をしてください」(中略)
「せがれや、痛いのかい」
「母上はまだ刺してもいないのに、なぜそのようなことお尋ねになるのです」
夫人は涙を流した。
「せがれや。お前は母の手が鈍らないように、痛くないと言っているのだね」
夫人は歯を食いしばって彫りつづけた。彫り終わると、醋墨を塗ったので、永遠に色は褪せなくなった。岳飛は起き上がり、母が子をさとした心に拝礼して感謝した。その後あらためて抱きあって泣いたりはせず、あっさりとそれぞれの部屋にもどった。これこそ千古に不滅の史話、「岳母在岳飛背上刺四字」の故事である。
- 田中芳樹(編訳)「岳飛伝 二巻、烽火篇 第二十二回 義盟を結びて王佐名を假り、精忠と刺して岳母子を訓える」
談社ノベルス -
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